2025/06/29

怒りや妬みが教えてくれるもの

怒りや妬みが教えてくれるもの


知り合いの先生が興味深い記事を紹介してくれました。

それを元に、私なりの利用法について述べます。


「なんであの人ばかり…」

「なんでそんな言い方をされないといけないのか?」

誰しも、心がざわつくときがあります。

私はしょっちゅうです💦


だから私は、そこにこそ自分の“才能の種”が眠っている可能性があると思うのです。

だって、人はどうでもいいことに腹は立てませんから。


腹が立つということは、「自分にとって重要なテーマ」に触れられているというサインなのです。

好きやこだわりがあるからこそ、嫌だとかモヤっとするのです。


「好き!」って感情なら自分でもすぐにわかります。

でも実は、「モヤッとしたとき」こそ、進化のヒントが隠れているのです。


「羨ましいなー」と感じるような妬みも、「自分が本当に欲しいもの」願望を教えてくれます。


私の場合、例えば「他人からもらった肩書」には思いませんが、「努力が認められた資格」には惹かれます。

(但し程度問題で、Amazonの日本社長しなさいって言われたら超惹かれます)


私の場合だけかもしれませんが、妬みを正しく使えば、自分の「目指したい方向」に気づけると思うのです。


だから、怒りも、妬みも、私にとってチャンスで燃料なんです。


自分でも気づかない誰にも触れてほしくなかった感情こそ大切。


私にとって負の感情は「削る」ものではなく、「掘り下げる」ものです。


追伸

この歳になると、諦めもあり、その感情が少なくなった気がします。

だから、うちのラボメンの前向きな行動を見て「裏山〜」って嫉妬をもらっています。

反対に褒められるとアラームが鳴ります。何せ私は有頂天になり、そこで失敗するから。

単なる天邪鬼か?

2025/06/10

凡人のままでいい。一歩を踏み出そう

凡人のままでいい。一歩を踏み出そう

「何かを変えたい。でも、動けない」 「今のままは嫌だけど、何をしたいかが分からない」 最近、学生でも社会人でも、そう感じている人が本当に増えていると思います。


意志や能力の問題ではありません。
ただ、そう“教え込まれてきた”だけのことです。

学校では、いつも「正解」を探すことが求められ、
家庭では、できるだけ「失敗しないように」と先回りされた。
その結果、多くの人が、正解を選ぶことに慣れ、失敗を恐れるように育ちました。

だからこそ、「新しいことを始める」となると、無意識にブレーキがかかってしまうのです。

でも、変化や成長のきっかけは、いつも一瞬です。
その一瞬を逃さずに動けるかどうか。
そして、動く準備ができているかどうか。
チャンスは、準備している人の目にしか映らないものです。
(恩師から頂戴した言葉を自分なりに表現しました)


だから私は、大学院ゼミを「とむラボ」というオープンなゼミにしました。

ここは、何かを変えたいと願う人のための、準備の場「Incubation」です。
特別なスキルも、肩書きも、立派な実績もいりません。

必要なのは、「今のままじゃない自分を試してみたい」という気持ちと、ほんの少しの勇気だけです。

だから私たちは、「まず動いてみること」を最も大切にしています。
行動の先にしか、人との出会いも、新しい発見も、本当の自分との出会いも、生まれないからです。

もうひとつ大切にしているのは、「何をやるか」より、「誰と関わるか」。
信頼できる仲間たちとの対話やコラボレーションのなかで、
「何かやってみたい」というエネルギーが生まれます。
このエネルギーこそが、自分を動かし、まわりを動かし、やがて人生そのものを動かしていくのだと思っています。

「夢を持て」「目標を持て」 そんな言葉にどこか違和感を覚えながらも、 「でも、このままでいたくはない」と感じている人にこそ、来てほしいと思っています。


有名でないと参加出来ない?
特別でないと参加出来ない?
そんな条件は、一切いりません。

凡人のままでいいのです。

人生の景色は、行動の仕方でいくらでも変わります。
大切なのは、“何者かになること”じゃない。
“今の自分で、一歩を踏み出してみること”です。

私自身、特別な才能があるわけではありません。
でも、行動と関わり方しだいで、人生は何度でも書き換えられる。
それを実感し、実行してきました。

凡人のまま、一歩を踏み出せ。
才能より、行動が人生を変える。

2025/06/05

誰と組むかを考えるときに

誰と組むかを考えるときに

 

ビジネスでも研究でも、人との関わりは避けられません。

プロジェクトの成功も、研究の推進も、「他者」との協働が欠かせないからです。

 

しかし、協働にはリスクが伴います。

約束を守らない人、誠実さを語る一方で実際の行動が伴わない人、人当たりは良いが裏で人の足を引っ張る人など、こうした経験を経て、「人を見る目」の必要性を痛感します。

 

その際、最も信頼できる判断材料は、「言葉」や「雰囲気」ではなく、「日々の行動の積み重ね」であることを、私たちは経験的に知っています。

 

“巧言令色すくなし仁”

どれだけ立派なことを口にしても、締切を守らなかったり、いつも遅れてくるような人が、いざという時に責任を果たせるとは思いません。

一方、寡黙であっても、常に準備を怠らず、地道に役割をこなす人には、自然と信頼が集まります。

特に大学の研究や調査などは、数年単位で関係が続くため、瞬間の印象よりも日常のふるまいが人間関係を決定づけます。

 

ビジネスにおいては言わずもがな。

したがって、一緒に研究したい人や仕事を任せたい人は、感情や印象だけで判断せず、「実績」「継続性」「他者からの評価」といった行動の蓄積に着目するのです。

 

その人が実際にどのような価値観で動いているか、責任感があるか、周囲と協調できるかといった“継続性のある部分”は、にわかに取り繕えるものではありません。

だからこそ、「約束を守れるか」「誰も見ていなくても誠実に動けるか」といった点を見るようにしています。

とは言え、私は「人を見極める目がない」と、よく相方に言われるのですが。。。

 

まあ、何より大切なのは、自分自身も誰かから信頼される存在であることですよね。

誠実に、前向きに、日々の行動を丁寧に積み重ねていく、人の姿勢は必ず誰かが見ていてくれています。