『鍼灸や東洋医学という学問は、患者の生命の本質に寄り添う』
東洋医学は、単なる治療手段を超え、患者一人ひとりの生命の本質に寄り添い、心身の調和を追求する学問です。
その独自の哲学は、現代社会における健康の定義や医療のあり方を問い直す視点を提供しています。
特に東洋医学が重視する「未病」や「養生」という概念は、病気の治療だけでなく、健康の維持と増進にも重要な役割を果たしています。
このような視点が、東洋医学と鍼灸を特異な存在たらしめているのです。
東洋医学における「未病」とは、文字通り「まだ病に至らない状態」を意味します。
西洋医学的な診断基準で「病気ではない」とされる状態でも、東洋医学では体の不調やバランスの乱れを細やかに観察し、早期に対応することを重視します。
たとえば、脈診や舌診、切診や問診を通じて患者が自覚していない不調の兆しを見つけ出し、適切なケアを行うことは、未病の概念に基づく鍼灸の役割です。
これは、病気の予防だけでなく「心身一如」、すなわち生命全体の調和を整えるという東洋医学ならではの視点です。
未病の考え方は、近年の予防医学や健康管理の潮流にも合致しており、その実践的な価値が再評価されています。
現代社会ではストレスや不規則な生活が原因で「健康と病気の狭間」にいる人々が増えています。
鍼灸治療は、こうした未病の状態に働きかけることで体の自己調整能力を高め、病気の発症を防ぐことを目指しています。
また、未病を防ぎ健康を維持するには、「養生」という哲学が欠かせません。
養生とは、日常生活の中で健康を育み、心身の調和を保つ具体的な実践のことです。
東洋医学の古典『黄帝内経』には「上工(良い鍼灸師など)は未病を治す」と記されています。
これは医療の理想が病気を未然に防ぐこと、つまり養生にあることを示しています。
現代風に言えば養生は「ライフスタイル全体の見直し」であり、私は「在り方」だと考えます。
食事、睡眠、運動、呼吸法、心の持ち方など日々の行動を通じて体と心のバランスを整えることが養生の目的です。
鍼灸治療でも養生の視点から患者の日常生活をアドバイスすることがあります。
たとえば、冷え症のある患者には適切な食事や入浴法を、ストレスの多い患者には簡単な呼吸法を提案することが鍼灸師の重要な役割の一部です。
最近、生物学者である福岡伸一先生の「動的平衡」に関する考え方に触れる機会がありました。
それは生命を単なる機械的な部品の集合体としてではなく、常に変化しながら自己を維持するプロセスとして捉えるもので、鍼灸師として大いに共感できるものでした。
「機械論的な生命観は、生命をたわめた作りものだ。一度この作りものを通って、動的平衡な生命観に戻るのが学問の本質だろう」という言葉にも深く感銘を受けました。
現代鍼灸はまさに機械的生命観にさらされ通りながらも、「心身一如」に立脚しています。
この動的平衡という概念は、東洋医学の根幹にある陰陽や五臓、気血水の調和を説明する上で重要です。
生命は常に変化し続けるプロセスであり、そのバランスを保つことが健康の基本です。
鍼灸、未病、養生は、この動的平衡を維持するための実践的なアプローチとして、健康を包括的に支える体系を構築しています。
私自身、鍼灸の教育と研究に携わる中で、これらの概念が持つ価値を学生たちに伝えることの重要性を常に感じています。
特に現代社会で増加している慢性疾患やストレス関連疾患の予防とケアにおいて、鍼灸の持つポテンシャルは大きいと確信しています。
鍼灸や東洋医学は、患者の症状だけでなく、その背景にある生活習慣や環境要因、さらには心の状態にまで目を向ける学問です。
その本質は、単に症状を良くするだけでなく、患者の生命全体を支え、「生きる力」を引き出すことにあります。
未病の段階で働きかけ、養生を通じて生命の調和を支える鍼灸や東洋医学は、単なる伝統医療の枠を超え、未来の健康観を形作る重要な柱となるはずです。
私たち鍼灸の教育者は、患者一人ひとりの生命に真摯に向き合い、東洋医学の知恵を現代社会に活かす役割を担っています。
未病や養生の考え方を深めることで、鍼灸はこれからも「患者の生命の本質に寄り添う学問」として進化を続けるに違いありません。
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